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SVGというゲームをご存知だろうか。
Survival Gameの愛称であり、日本が発祥とされているゲームの一つで、銃器(モデルガン)を用いた、疑似戦闘遊戯である。
SVGの主なルールは実に簡単で、敵味方に分かれて互いを撃ち合い「弾が当たったら失格」。弾が当たったかどうかは自己申告であり、的確なルールもないため、参加者の良心に任せられている部分が多々ある。だが、確実に当たっているにも関わらずヒットコール(弾が当たったことを告げる)をしないプレイヤーがいる。その行為、及びプレイヤーを、他のプレイヤーは軽蔑の意味を込め、こう呼ぶ。
ゾンビ、と。
犬と機関銃 前
日本最大のSVGであるTGC(Top Gun Combat)当日。
全国のSVGプレイヤーたちが集まるその大会会場には異質な空気が流れていた。誰もが皆、射殺さんばかりの目で「敵」である他チームを牽制し、威圧し合っている。だが、それも当然と言えば当然であった。
何故ならこの大会は、その名の通り、日本で一番強いプレイヤーを決める大会であり、優勝チームには賞金百万が贈呈される。
己の腕に自信のある者。賞金が欲しい者。様々な参加理由を胸に、彼らは集まっていた。
そんな中、あるチームが大会会場に姿を見せた瞬間、ざわりと人々の間にさざ波が立った。
「おい、あれ……」
「あぁ……、今年も来たみたいだな」
ひそひそと、そこかしこに声が上がる。アイツらだ、ゾンビだ、と。しかし彼等は気にした様子もなく、悠然と会場内を歩いていた。
そのチームは、ゾンビ行為を行うことで有名で、ほとんどの大会で出入り禁止になっていた。だが、このTCGは基本的に「規格外」であり、「多少の見てみぬフリ」が許される大会だ。彼等が参加していたとしても、おかしくはなかった。
注目のチーム、『Undead』のチームリーダーである男、Kは、他チームを値踏みするように眺めて、ハッと鼻で笑った。
「どいつもこいつも、大したことねぇ奴らばっかだな。こりゃ、俺たちの優勝は決まったも同然だな」
「はは、言えてる言えてる! 優勝は俺たちのものだネ、K」
「そうね。賞金の使い道、考えておきましょうよ」
Kの言葉にJは賛同し、QはKの腕にその豊満な胸を押し付けた。
リーダーであるKは、筋骨隆々とした腕を持つ体格のいい大男であり、その背にはサブマシンガン『G36KV』が背負われていた。
Kの右隣にいるJは、男であり長身で細身な体を持ちながら、その身にはハンドガン『M9A1』を初めとした拳銃が六つ収められている。派手なレッドワイン色のスーツに身を包んでおり、迷彩柄の服を好むプレイヤーたちの中でも特に浮いた服装をしていた。
更に、Kの左隣にいるQは、『Undead』唯一の女であり、SVGをするにしては露出の高い服を着てはいるが、ライフル『M4LS HK417L』を背負っており、妖艶に微笑んでいた。
「まぁ、俺たちにかかれば、どんな奴が来ようと敵じゃあねぇ。いつも通り、やればいいからな」
「はは、全くもってその通りだ!」
「楽しみだわ」
三人は高らかに笑いながら、会場内を歩いてた。そのとき、反対側から走ってきた男とKの肩がぶつかり、背負った銃がガチャガチャと鈍い音を立てた。
「ってぇな! テメ、どこ向いて歩いてんだ!」
「あっ、す、すみません! オレ、急いでて!」
Kにぶつかった男は、Jに負けず劣らずの長身で、凛々しい眉と綺麗な翡翠色の瞳が印象的な好青年だった。彼も背に銃(を保管するケース)を背負っており、このTGCの参加者だというのが分かった。そして、その手には缶ジュースが数本握られており、どこかそわそわと落ち着かない様子だ。
「本当、すみませんでした。それじゃ、オレ、急いでるんで」
「ちょっと待て、テメェ、ぶつかっておいてそれはねぇんじゃねぇの?」
「は、いや、だから、謝ったじゃないですか」
青年の翡翠色の瞳が、猛然とKを見た。少しムッとした顔をして、急いでいるんです、と繰り返した。食ってかかるような態度と瞳が、Kの鼻についた。
「だーから、テメェはぶつかっておいて詫びの一つもねぇのかって聞いてんだよ。あ? それともなにか、テメェ、俺たちのこと知らねぇのか? とんだお上りさんじゃねぇか」
「仕方ないヨK。ソイツ、どこをどう見ても田舎から出てきたって顔してるし」
「そうそう。あぁ、でも、綺麗な顔してるわね」
する、とQが青年の腕に腕をからめて、値踏みするように見上げた。だが、青年は頑なに、急いでいるんですが、と淡々と返した。まるで、KやJ,Qのことは眼中にないと言いたげだ。
そんな青年にKは興味が薄れたのか、手を振って青年を追い払う仕草をした。青年は何も言わずに駆け出して、人ごみの中に消えていく。Kはその背中を見送って、チッと舌打ちした。
「アイツ、見かけねぇ顔だったな。よっぽど弱小チームなんだろうよ」
「だネ。きっと、一回戦にも残らないよ」
はは、と軽く笑い飛ばして、Kたちは再び歩き始めた。
※
「っは、はぁっ、あっ、リヴァイさん!」
息を切らせて人ごみの中を掛けていたエレンは、目的の人物を見つけてパッと表情を輝かせた。人ごみの中でもひときわ小柄なその背中が、エレンの声でゆっくりと振り返る。細められた薄墨色の瞳がエレンを射抜いて、小さな唇がエレンを呼ぶ。低められたその声で呼ばれることが、エレンは好きだった。
「エレン」
「はっ、はい、リヴァイさん!」
「随分と遅かったな。何かあったのか?」
「いえ! 全く何も! あ、しいて言うなら、ちょっと妙な連中に絡まれちゃいましたけど……」
「……それ、アイツの前で言うなよ」
はぁ、とため息を吐くリヴァイ。エレンが絡まれたなどと、そんなことを聞こうものなら、もう一人のメンバーがややこしいことになるのは目に見えているからだ。生憎、彼女を抑えられる人物は、今日は来ていない。
「あれ、そういえば、ミカサは?」
「アイツならテント内で調整中だ」
くい、とリヴァイは背後のテントを顎で指した。なるほど、とエレンは頷いて、空を見上げる。どんよりと曇った空が広がっていて、SVGをやるには向かない天候だ。雨が降れば銃が濡れ、不発を起こす場合もあるからだ。
「にしても、不思議ですよね。雨が降りそうだってのに、大会は中止しないなんて」
「あぁ、この大会は雨が降ろうが何が起ころうが開催される。そういうもんだ」
「へぇ。………あっ、始まるみたいですよ!」
エレンが指差した方で、スーツを着た男が大会の説明を始めていた。ほとんどのSVGと内容は同じで、誰もが聞き流す程度だが、賞金の話が出た途端、誰もが顔色を変えた。
基本、銃(エアガン)には金がかかる。たかが遊戯、されど、遊戯。本体からして値段はそこそこ高く、それから改造や維持などを考えたら金がいくつあっても足りないくらいなのだ。強くなるためには、それに見合った金が必要であり、その間は切っても切れない縁で繋がっているのだ。
『では、これより対戦の組み分けをする! チームリーダーは本部テントへ集合してくれ!』
「……エレン、お前が行け」
「えっ、でも、リーダーはあなたじゃないですか」
「いいから、行け」
「了解しました」
不思議そうな顔をしながらも、エレンはリヴァイの指示に従い、本部テントへと向かった。エレンが本部へ向かった直後、調整をしていたミカサが戻って来た。彼女はきょろきょろと周囲を見渡して。
「………エレンは」
「本部だ。組み分けに行っている」
「……そう。だけど、どうしてエレンに行かせたんですか」
言外に、お前が行けばいいだろう、と言いたげなミカサに、リヴァイはその薄墨色の瞳を細めた。
「アイツの引きの良さに賭けた。……それだけだ」
アイツは俺の期待を裏切らないからな。
小さくそう呟いたリヴァイに、ミカサは何も言わずに首に巻いている赤いマフラーに顔を埋めた。
「アイツが戻ってくるまでに、着替えを済ませておこう。恐らく、すぐに試合になるだろうからな」
「……はい」
第一試合、『Undead』対『Corps』。
対戦表を見て、誰もが首を傾げた。ある意味で有名な『Undead』の初戦である相手チームの名を、誰もが聞いたことがなかったからだ。つまり、このチームは哀れにもSVG初戦にして最悪のチームを相手取ることになってしまったということだ。誰もが内心でご愁傷さま、と手を合わせた。
「しかも、内容がなぁ……」
「あぁ、これで攻撃側だったならまた違っていたんだろうが……」
対戦表と共に公開されたルールに、誰もが唸りを上げた。TGCには特殊ルールが多数あり、その中に、大会ごとに使用される対戦ルールが違う、というものがある。今回のTGCは、ハンバーガーヒル戦を用いられると発表されたこともあり、各チームそれ用の作戦を各所で練り上げていた。
ハンバーガーヒル戦とは、二チームがそれぞれ攻撃、防御に別れ、各陣地を決めてからのスタートになる。防御側のチームの方にはフラッグ(旗)が存在し、攻撃側のチームはそのフラッグに触れる、又は持ち帰ることができれば勝ち。それを阻止し、制限時間内にフラッグを守りきれば、防御チームの勝ちとなる。制限時間は二時間。どちらのチームも、それまでに決着をつけなればならない。
今回、攻撃側となる『Undead』の三人、K、Q、Jは、対戦相手である『Corps』の名を聞いて、余裕だな、と笑い合った。様々なSVGに参加してきた彼らだが、『Corps』というチームは聞いたことがない。初心者集団というわけだ。
「こりゃ、初戦から調子いいな」
「ええ。今回の大会も優勝間違いなしね」
「にしても、遅いネ。まさか、俺たちの名前聞いてビビって逃げたんじゃないかナ」
はは、と軽くJが笑い飛ばした瞬間、ザアッ、とひときわ強い風が吹いた。その風に一瞬、視界を奪われた彼らの瞳に、翻る翼が映る。
白と黒。
二つの翼が大きく広がり、まさに飛翔しようとしているかのようだ。そして、それを背負う彼、あるいは彼女らは果たして、天使か、悪魔か。深緑色のフードに隠れて、それぞれの表情は分からない。
呆然とする彼らの前に、一人が前へ出た。三人の中では一番身長が低いが、落ち着いた雰囲気を漂わせていた。恐らく、このチームのリーダなのだろう。Kたちをそれぞれ見渡して、その薄い唇を開いた。
「遅れてすまない。お互い、いい試合をしよう」
「あ、あぁ。……そうだな」
低いテノール。男か。Kは戸惑いながらも頷いた。男はこくりと頷いて、踵を返す。深緑色のフードが風に煽られて、男の後頭部が露になる。綺麗に刈り上げられたうなじと、ざんばらのように見えて綺麗に切り揃えられた黒髪が揺れた。
男はまだフードを被ったままの二人に何ごとか声を掛けたあと、再びこちらを振り返る。鋭い刃のような双眸は薄いグレー。日焼けしていない白皙の肌は、表情のない彼をまるで人形のように見せていた。
ぞくり、と言いようのない悪寒が、Kの背筋を駆け抜ける。だがそれも、彼が唇を開くと同時に霧散した。
「―――good luck.」
ぽつりと彼はそう呟いて、残りの二人を引き連れて林の中へと消えて行った。彼らの姿が完全に林の中へと消えたのを見送っていると、Jがふぅっと息を吐いた。
「なぁんか、嫌な感じの奴だったネ、あのチビ」
「あ、あぁ、そうだな……」
「まぁでも、私達の敵ではないわよ」
お互いに顔を見合わせて、それもそうだな、と互いを鼓舞しあった。相手がどんな強者であれ、弱者であれ、関係ない。自分達は―――『Undead』なのだから。
彼らは下卑た笑みを浮かべながら、『Corps』同様、林の中へと消えて行った。