というわけで。
今月のSQに色々と滾った結果の青祓小噺です。↓からどうぞ。
立ち読みしただけなので何とも言えないのですが、奥村兄弟は「正反対で一緒」という言葉が似合いますね。
来月号がすごく楽しみです!そして新刊も!
表紙は誰だろうなぁ。シュラ姉さんか、アマイモンか、それとも斜め上で勝呂パパとか(笑

天国に堕ちる
「なんで、奥村なんやろうなぁ」
ぽつり、とそう零した独り言が耳に入った。どういうことだろう、と相手を見れば、彼は僕の視線に気づいて、小さく笑っていた。少し疲れたようなその笑みは、今までの戦いの疲労のせいだろうか。
「いや、少し思ったんですよ。なんで、奥村がサタンの仔なんやろうな、って」
「………」
彼は目を細めて、離れた場所にいる兄さんを見つめていた。兄さんは無邪気に笑っていて、これまでの緊迫した状況なんて全部忘れたような顔をしていた。
笑って、笑って、まるで太陽みたいな笑顔で。
「もし奥村が、普通の人間やったら、とか、考えることがあります。おかしいですよね。もし奥村が普通の人間やったら、そもそも俺らは出会わんかったのに」
「……―――そうですね」
それは、僕も考えたことのあることだった。
もし、もしも。
兄さんが普通の人間だったなら、僕もきっと普通の人間として生きていただろう。悪魔だとか、祓魔師とは無縁の、普通の世界で。
もし。
もし。
もし。
数えればきりがない、可能性(みらい)。
だけどそれを望んでしまえば、「今」はなくなってしまう。
「………なんで、あないに笑えるんやろう?」
彼は、とても不思議そうだった。それと同時に、とても悲しそうだった。もしかしたら、彼には分かるのかもしれない。兄さんが抱える、心の傷を。
「……―――兄さんは、多分これからもずっと、笑っていますよ」
それは確信だった。
「どんなことがあっても、どんなに辛いことがあっても、兄さんは笑っている。たぶん、兄さんの涙は、あの日に枯れてしまった」
たいせつなひとが死んだあの日。
激しい雨の中、佇むその背中は泣いていた。
細い肩が震えていて、ただただ、泣いていた。
「兄さんは一歩進むたびに、何かを決意するたびに、涙を枯らすんです。だから、笑っているんでしょう」
「それは………、」
「兄さんは、決意するたびに自分を殺す。だから、笑ってる」
空元気、とも言えるその笑顔は、でも本人は本気で笑っているのだ。笑いたいから、笑っている。ただそれだけ。でもきっと、それだけじゃなくて。
「………時々、兄さんが分からなくなるんです」
僕が苦笑を漏らすと、彼は怪訝そうな顔をした。そして、若先生が?と意外そうにそう言った。
「ええ。兄さんはいつも、僕にできないことをやってのける。今だってそう。僕はあんな風には笑えない」
「………先生」
激しい戦いだった。僕は兄さんが独房の中にいると思っていたし、青い炎が見えたときは血の気が引いた。みんなが青い炎に包まれたときは、最悪の事態でさえ、考えた。
それなのに、兄さんは状況を打破してみせた。そして何ごともなかったかのように、笑ったのだ。
『雪男!見たか?すげぇだろ!』
無邪気な笑顔が、これほど苛立たしいと思ったことはなかった。
いつだって兄さんは、何でもない顔をして笑う。小さな頃から、ずっとそうだった。
そしてそんな兄さんが、僕は好きじゃなかった。だけど同時に、とても大事だった。
処刑されると言われたその時、僕の世界は終わったも同然だった。それなのに、兄さんは自分の命が危ういのに、笑っているから。
「もし兄さんが人間だったのなら、」
「え?」
「僕が、悪魔だったかもしれませんね」
僕は笑う。あっけに取られている彼を見下ろして。
「勝呂君。悪魔になることなんて、容易いことなんですよ。だけど、人間で在ることはひどく難しい。だから僕は、人間で在ろうと思うんです」
「………」
悪魔になれば、兄さんと同じになれる。
それはまさに、紙一重の誘惑だ。
それでも、僕はそれに耐えて生きていく。これからも、そう、ずっと。
「…………―――兄さんのために、僕は天国へと堕ちる覚悟がある」
「……。ほんま、アンタら兄弟は揃いも揃って大馬鹿やな」
彼はそう言って、呆れたように眉根を寄せていた。
兄さんが悪魔で在る自分を受け入れるというのなら。
僕だって、人間で在る自分を受け入れる。
それが兄さんと並べる、唯一の道だからだ。
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